大阪家庭裁判所 平成4年(少)6866号 決定 1993年1月08日
少年 T・Y(昭49.6.30生)
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
(非行事実)
少年は、A他2名の友人と一緒に、平成4年12月15日午前2時すぎころ、豊中市○○町×丁目×番先路上から、タクシー運転手・B(当時44歳)運転のタクシーに乗り込み、箕面市方面へ向け運転走行させていたところ、豊中市○町×丁目×番先路上において、にわかに乗車料金を支払うのが惜しくなり、Aと共謀のうえ無賃乗車を企て、Bに対して、乗車料金を支払う意思がなくなっているのに、それまでどおり料金支払い意思があるかのように平静を装い後部座席に乗車し続け、Bをして、目的地到達の際、料金の支払いを受けられるものと誤信させ、よって、豊中市○町×丁目×番先路上から箕面市○×丁目×番××号阪急箕面線○○駅西側路上までの間、運転走行の利便を受けたものである。
(上記のとおり認定替えした理由について)
1 無賃乗車の意思の発生時点について
送致事実では、「少年は、Aと共謀のうえ、豊中市の○○町×丁目×番先路上において、B運転のタクシーを呼び止め、乗車料金支払いの意思がないのに、これあるように装って、Bをして目的地において料金の支払いを受けられるものと誤信させた」(要約)とされ、少年は、乗車時から無賃乗車の意思を有していたものとされる。
しかしながら記録を検討すると少年は、12000円以上もの金員を所持してタクシーに乗り込み箕面市へ向かう途中、Aから、「料金を払わずに乗り逃げしよう。」と誘われたのを機に、乗車料金を支払うのが惜しくなり、その誘いに応じたものであり、それ以前には、無賃乗車の意思を推認するに足る事実は認められない。
よって少年に乗車時から無賃乗車の意思を認めることはできず、その意思が生じたのは、箕面市へ向かう途中、Aから乗り逃げの誘いを受け、これに応じた時点であると認めるのが相当である。
2 「欺罔」行為の内容について
(1) 送致事実では、<1>乗車時に、乗車料金支払いの意思がないのに、これある如く装って乗り込む行為と<2>降車時に、さも乗車料金を支払うかの態度を装った行為の2点を、本件の欺罔行為と捉えていると解される。
しかしながら、上記1において検討したとおり少年に乗車時から無賃乗車の意思は認められないのであるから<1>の行為をもって本件の欺罔行為と解することはできない。
そこで<2>の行為が本件の欺罔行為にあたるか否かかが問題となる。証拠をみると確かに少年は、逃走を容易にするためズボンのポケットから財布を取り出し、これを運転手に見せ、その注意をそらそうとしている。
しかしながら詐欺罪における欺罔行為とは、人を欺く行為一般を言うのではなく、人をして財物または財産上の利益を処分させるような錯誤に陥れる行為をいうものと解されるところ、少年の上記の行為は、運転手の注意をそらし、逃走を容易にする意味があるだけで、運転手をして、乗車料金の支払いを猶予させたり、あるいは、これを免除させたりするような錯誤に陥れる性質の行為であるとは認められず、よって、<2>の行為は欺罔行為には該当しない。
以上<1><2>いずれの行為も本件の欺罔行為にはあたらない。
(2) そうすると本件少年らの行為は、単なる利益窃盗に類する行為にすぎないのではないかとの疑問も生じる。
しかしながら証拠を検討すると、少年とAは、無賃乗車を企てた後、それまでどおり目的地到達の際には、乗車料金を支払う意思があるかのように平静を装ったうえ、そのまま乗車し続けており、とりわけAにおいては、運転手に対して、目的地までの道のりを指示する行為にまで及んでいる。
してみると、以上、少年らの振る舞いを全体としてみると、それは、単なる不作為ではなく、作為(挙動)による欺罔行為を構成するものと解される。
3 そして、少年らは、この一連の挙動による欺罔行為により、運転手をして、目的地において料金の支払いを受けられるものと誤信させ(錯誤)、目的地までの運転走行(処分行為)の利便を得た(財産上不法の利益の取得)ものであり、この事実は、詐欺利得罪を構成し、しかも、先の送致事実とは基本的な事実関係において重複する。
よって、上記のとおり本件の非行事実を認定するのが相当である。
(適用法条)刑法60条、246条2項
(処遇として中等少年院送致を選択した理由について)
1 記録等によると以下の事実が認められる。
少年は、中学校の終わり頃から怠学、シンナー遊び、無免許運転などの問題行動を繰り返すようになり、平成2年7月バイク盗により観護措置を執られ当庁において保護観察に付されたが、その後もシンナー遊びを止められず、同年12月シンナー吸入により再び観護措置を執られ、審判において(別件保護中)不処分とされた。ところが、それでもなおシンナー非行が収まらず、翌3年10月今度はシンナーを所持して逮捕され観護措置を執られた。ただこの時点においては就労による更生の可能性等諸般の事情を考慮し、審判において同月30日在宅試験観察とされ、以降、暴力団関係者に接近するなど、その生活ぶりに問題はあったものの、一応再非行は認められなかったところから、同4年9月14日厳重訓戒のうえ(別件保護中)不処分とされた。ところが、それからひと月ほど経つと、仕事先を辞めてしまい、シンナーの吸入を再開し、夜遊びを重ねるようになった。そして、同年12月15日の深夜、友人のもとへ遊びに行こうとしてタクシーに乗車したところ、パチンコ代のことが気にかかり、料金を支払うのが惜しくて、所持金を十分に持ちあわていたにもかかわらず本件非行を企てたものである。
2 以上認定した本件非行の動機、内容(その悪質さの中に規範意識の低さが顕著に現われている)、少年のこれまでの非行歴(シンナー非行等により3度入鑑歴あり、本件は保護観察中の非行であること)・生活態度ないし行動傾向(基本的な生活習慣に欠け、かつ就労意欲に乏しいこと)等に加え、少年調査票等から認められる保護者の監護能力(父親との交流が乏しく、他方母親は病気療養中で両親による十分な監護を期待できないこと)、非行の背景(父親と母親・祖母間に葛藤があり少年の健全育成の妨げとなっていること)等を総合勘案すると、現時点において少年を社会内において更生させることは極めて困難な状況にあるものと認められ、この際、少年を少年院に収容し、然るべき矯正教育を施すのが適当である。
なお少年の父親は、その意見書の中で、<1>少年はこれまで無賃乗車のような詐欺罪は犯したことはなく、その被害も弁償により回復されていること、<2>またその非行がもとで母親の病気が悪化したのを目のあたりにし更生を誓っていること、<3>しかも就労先の目処もたっており、少年もその就労先にて真面目に就労する気になっていること、等の事情をあげ社会内処遇にて更生可能であると主張している。
なるほど少年非行の中核はシンナーの吸入にあるが、その背景にある少年の性格・行動傾向、生活状況、保護環境等は、本件非行においても何ら異ならず、してみると少年がこれまで無賃乗車のような詐欺罪を犯したことがないからといって、その要保護性が認められないとか、その程度が低いということにはならないばかりか、少年の反省状況等を考慮すると、本件の場合保護者の被害弁償により少年の要保護性を大きく減少させるものとは認められず、<1>の各主張は理由がない。
しかもすでに指摘した少年の規範意識の低さ、基本的生活習慣の欠如、保護者の監護能力の低さや少年の非行の背景等を考慮すると、上記<2><3>の主張は、少年を更生させるための決め手とならないことは明らかである。
当裁判所は、これまで様々な働きかけを通じて少年を社会内において更生させようと尽力してきたが、その働きかけは、遺憾ながら功を奏さなかったというほかはない。
よって少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して主文のとおり決定することとし、なお少年の能力面等諸般の事情を考慮し同規則38条2項により「一般短期処遇」とすべき旨勧告する。
(裁判官 伊良原恵吾)
処遇勧告書<省略>